【小説】JKとアジングとサイボーグと 五話「初挑戦!」

アジング初挑戦 ストーリー

「じゃあ、いよいよ……開けてみますか!」
 福袋を開ける瞬間は、やっぱりワクワクするものだ。それは楓とて例外ではない。
 楓は元社長令嬢ではあるが、毎月の小遣いは5000円と一般的なJK並みに制限されていた。その教育のたまもので、ごく庶民的な性格へと育った。鼻につくような傲慢な態度はなく、1万円の福袋すらレア中のレアだ。
 ましてや、正月以外で福袋なんて見たことがない。
 ガムテープをカッターで裂き、中身を取り出し、中身をすべて広げる。内容物はロッドにリール。ワームが10個ほど、ジグヘッドのパックが3袋。さらにワームやジグヘッドを入れるためのケース。ハサミやプライヤーも入っていた。
「なかなかのもんじゃねぇか」
 後ろから親方がやってきた。
「エントリーモデルとはいえ、リールやロッドはメーカー品。ワームも基本的なものが揃っている。ジグヘッドで足りない分は俺が貸そう」
「ありがと」
 さっそく、ロッドやリールの箱を開け、中身を改める。
「それにしても、ゴムっぽいルアーだけなんだね」
「プラスチックのルアーのことをプラグという。アジングで使わないってわけでもないが、どちらかといえば場所や時期限定であることが多い。この辺ならワームだけで十分だろう」
 思い返してみれば、親方はワームばかり使っていた。
「どうしてワームを使うの?」
「プラグはどうしても小魚をイミテート……模倣することが多いんだ。アジも小魚を食べるケースもあるが、どちらかといえばプランクトンを捕食する魚で、ワームの方が演出しやすいというわけだ」
「へぇ……これで……アジを釣る……ねぇ」
 サビキ釣りしかしたことない楓にとっては、本当に釣れるのか疑問だった。親方がたくさん釣ってるのは知っているが、なぜ、これで釣れるのか不思議になる。
 だからこそ、思わず笑みがこぼれた。
「さっそく釣りにいこう! 今日は徹夜だよ!」
「徹夜ぁ!?」

「……これでどう?」
「……不合格」
「うぅぅ……なんでぇ?」
 楓は意外とがさつだった。
 現在、楓が挑戦しているのは、ユニノットという結び方だ。結び方自体は楓も知っていたのだが、下手くそすぎるということで、親方が修行を付けているのだ。
「おめぇは、焦りすぎなんだよ。ノットはゆっくり丁寧に。肝に銘じとけ」
「ノットはゆっくり丁寧に……」

「……どう?」
「まぁこんなもんだろう」
「ふぅ……案外ゆっくりやれば簡単なもんだね」
「簡単……ねぇ」
 大量にカットされたラインが、ゴミを入れた小さなビニール袋いっぱいになっている。楓は全力でそれに目をそらしながら、カバンの中にゴミ袋を突っ込む。
「さ、さぁー、さっそくアジングだー!」
「キャストの理屈はサビキと同じだ。さっそく投げてみろ」
「うん! えぇーーい!」
 ……気合を入れたわけには、ひどく手前に落ちた。
「……うぅーん……」
 ラインを巻き取り、さらに大降りにロッドを振る。……が、今度は足元に思いっきり叩きつけるようにワームが落ちた。
「キャストに力はいらない。本来サビキでも同じだが、アジングのような軽量リグだと、さらに顕著にあらわれる」
「力はいらないっていってもなぁ……」
「そうだな……一度ゆっくり竿を振ってみろ」
 いわれるがままに竿をゆっくり振り、ラインを離す。すると思ったより遠くへ飛んだ。
「え? なんで? そんなに力入れてないのに」
「キャストにおいて一番のコツは力を抜くことだ。ルアーの飛ぶ力はロッドが加えてくれる。手や腕はその初速だけ与えてあげればいい」
 親方がキャストすると、楓よりさらに先へと飛んだ。
「コツをつかめば、さらに距離を延ばすこともできるが、力の加え方やラインを離すタイミングが一番重要だ。女性でも男性より距離を伸ばすことだってできるぞ」
 アドバイス通り、投げ方を工夫していくと、どんどん距離を出せるようになった。親方ほどではないが、十分な距離だ。
「ルアーが着水したら、カウントをする。5つ数えたら巻く。アタリがなければさらに5カウント増やす。そうやってアジのいるタナを探るんだ」
「タナ?」
「水深のことだな。レンジという人もいるぞ」
 なるほど、と納得しながらも、ラインを巻き取る。しかし、アタリはなかった。
「アタリがなければさらに下へ……」
 そうやって繰り返していると……。
「あ! ヒットしたっ!」
「ま、まて楓! それは!!」
「あ、あれ……巻けない……ってか全然動かない」
 呆れたようにため息をつく親方。楓から竿を奪い取ると、ラインをチョンチョンと引っ張る。
「……根掛かりだ」
「ねがかり?」
「障害物にルアーが引っかかることを根掛かりというんだ。楓じゃ根掛かりを外すのは難しいだろうから取ってやるよ」
 何度かラインを引っ張ると、ようやく外れたのか一気にラインが緩む。それを見て親方はラインを巻き取る……。すると。
「んっ! ……ついてるな」
 軽くロッドを煽ると、ググっとロッドが海中に引き寄せられる。
「え? 魚掛ったの?」
「ああ、たまたまだがな……それっ!」
 親方が引き上げると、銀白色の美しい姿が弧を描く。やや小さいが、マアジだ。
「ほれ。安物ロッドでも、ちゃんと釣れるじゃねぇか……ん? どうした?」
「……え? あ、うん! すごい! さすが親方」
 楓は心中穏やかでなかった。
 ”できれば自分で釣りたかった”……そう顔に書いてある。
「……一匹釣れたってことは、釣り方に間違いはないんだ。とりあえず、仕掛けはこのままでいくぞ」
「う、うん!」

 ……しかし――。

「…………」
 それ以降、深夜に至るまで一切アタリはなかった。
 それは親方も同じだった。つまり、あのアジ一匹以外は釣れてない。
 親方はおかしいと思った。いくら渋い状況といっても、ここまで釣れないことは珍しい。
(……あんまこの機能……好きじゃねぇんだけどな)
 親方は、普段使わない自身のソナー機能を使った。親方が本気になれば、この島近海の魚の位置をすべて把握することができるのだ。
(……これは……まいったな)
 釣れないはずだった……。スズキなどのフィッシュイーターがいつもより多すぎる。これではアジやメバルなどの小型魚は食事処ではない。ボートを使えば狙えるくらいの深場にアジが固まっているが、陸からじゃ無理だ。当然今からボートを手配するのは無理だ。親方が根掛かりを外して釣ったときは、たまたまその近くを泳いでいたアジが、引っかかっているワームを見つけて、偶然リアクションバイト(空腹度に関わらず本能的に口を使う現象のこと)したに過ぎない。
(ひとつ、方法があるといえばあるが……さてどうしたものか)
 だいふくは、楓にその方法を教えることを躊躇した。その理由はふたつ。まず、その方法でも釣れるという保証はないこと。あくまで相手は自然だ。食うか食わないかはアジ次第。そこに絶対の保証なんてない。
 第二に、……楓の気持ちだ。
「……今日はどうも潮が悪い。帰るぞ」
「やだ」
 珍しく、楓が意固地になって帰らない。もう時間はとっくに深夜0時を過ぎている。ノリで徹夜だとか言っていたが、悔しさも相まって本気で釣れるまであきらめない様子だった。

初アジング

「……ん?」
 楓が立膝の状態になって、体制を低くした。
「お前……それどこで……」
「昨日アジングの動画見てたらプロの人がこうやってて……よくわかんないけど、こうやってると釣れてたから」
 これは、魚から釣り人が見えにくくするための体制だ。釣りにはフィッシュアイという概念があり、魚の死角を利用し体制を低くすることで、アングラーを見えにくくする方法だ。……確かにアジングでも有効な手段ではあるものの、足元にいる状態や昼間に使うものだ。
 ……楓は、昨日ずっとアジングの勉強をしていたのだ。それはまるで夢中になったゲームの攻略法を徹夜で必死に勉強する子供の様子だった。……この状態で、楓に釣る方法を教えることが、果たして楓の気持ちを考えた行動になるのだろうか?
 ゲームで言えば、横から攻略法をくどくど指摘ようなものだ。……そんなの面白くないことは、だいふくにもわかる。
「……なぁ、どうしてそこまでこだわるんだ? 別に学校が始まるまでは時間がある。それに学校が始まっても釣りができないわけじゃない。なぜ今日釣りたいんだ?」
「……知りたいから……」
「知りたい?」
 楓は、浮かんできた涙をぬぐいながら答えた。
「……親方の気持ち……なんでアジングにこだわるのか……なんで親方がアジングをするのか……なんで、楽しいのか……」
「……楓」
 ……まさに子供のような話だった。おもちゃで楽しそうに遊ぶ子供を見て、楽しそうだから一緒に遊びたいという、小学生のような気持ち……。

 楓は別に友達がいないわけではない。……ただ、おそらくそれは、普通の人が考える友達とは少し違う。
 社長令嬢だから集まってきた友達ばかりだ。だから、案外普通な価値観の楓を知ると、何人かは離れていってしまう。性格はいい意味でも悪い意味でも普通の楓には、それなりの友達が残ってくれる。
 だが……、社長令嬢である呪いは、一歩引いた付き合いになってしまう。
 例えば、ドッチボールは絶対できない。ケガをさせたら大変だから。鬼ごっこも無理だ。コケて賠償責任なんかになったら恐ろしい。裁縫も無理だ。……あれも、これも無理……。そういって厳選された遊びしか許されない関係。それが楓の知る友達関係だ。
 だから、釣りなんてもってのほかだった。ただでさえ男の多い趣味。ケガをする可能性も当然ある。祖父や父親の趣味が釣りだったから付き合い程度には知っていた趣味ではあったが、友達から誘われることは絶対にない。
 誰かと、楽しいことを共有したい……だが、楓にはそういった付き合いがなかった。

 そこへ、だいふくという異物が現れた。
 だいふくの視点だと、楓は博士の孫娘というだけの存在だ。つまり、楓にとって初めて、対等に話し合える存在だった。
 だいふくからしてみれば、手間のかかるじじいの孫だから、友達というより親戚の手間のかかるガキだった。楓にもそれはわかっている。だが、それでも初めて自分を変えてくれるかもしれない存在。
 だから、一緒に遊びたい。だいふく親方が好きというなら、それを共有したい。その楽しさを知りたい。

 だから、あきらめたくない。

 だいふくがその気持ちに気付いた――その時だった。
 楓の竿が、強く引き込まれた。
「わっ!」
 慌てて楓は竿を立てるが、テンションが一気に抜ける……バラしたのだ。
「もぉーー! なんでっ!」
「まだだ! 楓、すぐ誘い続けろ!」
 思わず指摘した親方の言われるがままに、再び楓はふたたび誘いをかける。
 アジングは、アタリを逃したとしても、すぐあきらめてはならない。
 アジは群れで活動する魚だ。一度アタリを逃したとしても慌てず、そのまま誘い続けさえすれば……。
「あっ!」
 楓は、すぐさま竿を立てた。ギュンと穂先がしなり、ジリジリとドラグ音が鳴り響く。……これだから釣りはわからない。どんなに完璧なロジックで予測を立てても、どんなに経験豊富な知識があっても、相手が生物である以上、例外は必ず存在する。
「よし! 慌てず巻き取れ!」
「う、うん!」
 やがて魚影が少しずつ見えてくる。……すると水面を眺めていた親方の顔色が変わった。
「――っ! 楓! 気をつけろ! 絶対テンション緩めるんじゃねぇぞ!」
「え? わ、わかった!」
(……まずい。口横に掛かってやがる)
 アジの口の横は、薄い膜でできている。そのため、ハリが掛かった後も油断してはいけない。簡単にバラシてしまう可能性があるのだ。楓にはこういったときのテクニックは当然ない。……釣りあげる方法はひとつしかない。
「楓! 一気に巻き上げろ!!」
 口切れ覚悟で、一気に巻き上げる。これしかない。
「っ!」
 常夜灯の光が、アジの魚体を反射させ――同時にハリが外れる。……が、魚体は陸へと引き上げられた。……そして、アジは体を跳ねさせて、海へと逃げようとする。
「逃がすかっ!」
 親方は腕を変形させ、フィッシュグリップに変えた。そして、逃げる直前のアジを空中でキャッチ……しそこねた。
「しまっ――」
「――とっ!」
 ――それを、楓が空中でキャッチする。
「……はぁ……はぁ……つ……釣れた……」
「……釣れたな」

 
 ――今まで、サビキで何度も釣ったことのある魚。
 ――別に珍しくもなんともない。よく見る小さな魚。
 ――釣りをする前も、食卓に何度か並んだ。しかも、サイズはかなり小さい。
 ……なのに……。

初アジング

「や……や……やったあああああぁぁぁ!!!!」
 ……アジングの醍醐味。……サビキでは味わいづらい自分の力でやり切った、自分で釣ったという感覚。
 サビキでは、どうしても自分の実力で釣ったというよりは、道具で釣った感覚に近くなる。
 だが、アジングはサビキほどの集魚力も、釣りやすさもない。自分で魚を見つけ、自分でハリに掛ける。自分の実力を感じることができる釣りといえるだろう。だいふくが、アジングをする一番の理由はこれだった。一匹の釣り好きとしても、自分を作った博士を自慢したいサイボーグとしても、自分の力を感じさせてくれるその瞬間の快感は格別だ。
 ――楓は、その瞬間を、今こそ味わっていた。
「親方……アジング、最高だね!」
「ふっ……だろ?」

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