【小説】JKとアジングとサイボーグと 四話「タックルを選ぼう」

ストーリー

 茜島から九州に渡って車で数分。ギリギリ自転車で行けるかな? という距離感の場所。「ポインツ古蔵青坂海岸店」という文字が、アジっぽいキャラと一緒にデカデカと書かれていた。

 釣り入門者である楓ですらなんとなく聞いたことある有名な釣具チェーン店だが、想像してたより小さい店だった。

 中に入ると、釣り竿にリール、エサなど、見たことのない道具がたくさん並んでいる。目まぐるしい量についくらっときそうだ。楓はなんとなく不思議の国に迷い込んだアリスの気持ちがわかるような気がした。

「父さん?」

 せめて案内役が欲しいと思い、一緒にきたはずの父親を探すが、お店の人となにか話している。知り合い、というより釣り友達みたいだ。普段使わない方言混じりの会話をしている。

 北九州の方言は標準語に比較的近いため聞き取ることはできるが、邪魔するのも悪いと思い、楓は不思議の国を徘徊する。

 そこで、スマホから楓お気に入りバンドの新曲が流れてくる。画面にはビデオ通話が入ったこと、そして、その相手がだいふくであることが記されている。

 楓が通話に出ると、イヤホンマイクを耳につけ、胸ポケットにカメラを外に向けた状態で収納する。

『ほう。これが人間の視界ってやつか。なかなか見晴らしいいじゃねぇか』

「胸の高さだから少し低いけどね」

 それでも猫からしてみれば十分高いのだろう。しばらくだいふくはその景色を楽しんでいた。

「……で、アジング始めるためにはどれを買ったらいいの?」

『アジングに最低限必要なのは、ロッド、リール、ライン、ジグヘッド、ワーム、そしてラインを切るためのハサミ。ラインの種類によってはリーダーも必要だが、これから買うタックルなら必要ない』

「サビキ釣りで使ってた竿やリールじゃダメなの?」

『サビキ釣りとアジングでは使う仕掛けの重さが違うし、アタリの取り方……簡単に言うと、アジの口にハリを掛ける方法が違う。だから楓の持ってる竿よりさらに小さくて細いロッド、小さいリールを使うのさ』

 ちょうどリールコーナーに来たので、適当に1つリールを取ってみる。

「私が使ってるのって……たしかこのくらいの大きさだよね? アジングだとどのくらいなの?」

 リールをあちこち見てると、3000という数字が見える。

『そのリールが3000番。アジングで使うのが1000〜2000番。楓の場合は2000番がいいだろうな』

 試しに同じリールで、2000と書かれたものを手に取ってみる。

「へぇ、確かに少し小さい。子供みたい」

『中には500番というさらに小さいリールも使うやつもいるぜ』

 そう言われて500と書かれたリールを探してみる。が、見つからない。

『500番は一部のメーカーしか作ってないからな。ショーケースにでも飾ってるんじゃないのか?』

 あちこち探していると、ショーケースに500番のリールが飾られていた。確かに他のリールよりふた回りほど小さかった。

「子供どころか孫って感じ……」

『まぁ、どっちにしても楓の場合は2000番がいいだろう。小型リールはラインにこだわり始めた頃、考えてみればいいだろう』

「……竿はどんなの買ったらいいの?」

『竿は専用のものがあるから、アジングロッド売り場を探してみろ』

 言われるがままにアジングロッドを探していると、たくさんの竿が並んでいる場所でアジングロッドというPOPを発見した。

「ひゃー。アジングロッドって言ってもたくさんあるんだねぇ」

『人気の釣りだからな。学生の小遣いで買えるものから社会人でも舌を巻くほど高いものまである』

「うーん。今日はお父さんが払ってくれるけど、あまり高いのは悪いし、このくらいかなぁ?」

 楓は11800円の竿を手にした。学生にしては高いが、元社長の父親に育てられただけあって、やや金銭感覚がズレ気味のようだ。

『まぁ、1万以下でも使えるロッドはあるが、手が出るならそのくらいの価格帯が無難だな……だが、そのロッドは少し長いな』

「え? 長さ?」

『ftという単位の数字を見てみろ。それは7‘8ft(フィート)と書かれてるだろう?』

「えっと……あ、これか」

『それが長さだ。アジングでは7ft台のロッドはフロートやスプリットリグという通常のジグ単より特殊なリグで使う。そのため、最初はやや使いづらいロッドになってしまうんだ』

「……じゃあ、どのくらいの長さがいいの?」

『最初は6ft台だな。あえて5ftの短いものを選ぶ手もあるが、ジグ単特化の釣りになるから、やや汎用性に欠ける。その6’4ftのロッドなんていいと思うぞ。人気のモデルだし』

「……おんなじ釣りなのに、こんなに種類があるのはそういう理由なんだね」

『まぁな。だが、アジングの場合は大体竿の長さで使う目的を大別できるから覚えるのは楽な方だぞ。別の釣りだと、同じ長さでも竿の硬さで使う目的が違うなんてことも普通にあるしな』

 心で「ひぇー」と叫びながら、楓は手に取った竿を一旦棚に戻した。

『次にラインだ。楓の場合はフロロカーボンかナイロンラインがいいだろう』

「……ちなみにサビキで使ってたあのラインはなに?」

『あれはナイロンラインだ。ライントラブルが少なくて、使いやすいラインだ』

「もう1つの方はどういうラインなの?」

『フロロカーボンはナイロンより硬くてアタリを取りやすいライン。ややクセがつきやすくてナイロンよりライントラブルが多いと言われてるが、アジング用なら細い分柔軟性が確保されてるからトラブルも少ない』

「ふーん……だったら、フロロカーボンにしてみようかな? ちょっと気になるし」

 楓は新しいもの好きだった。ナイロンラインが今まで使ってたラインと言うなら、フロロの方が新しい刺激を得られるかもしれない。

「……ってか、ラインもものすごい種類だね……」
 
 アジングと書かれた場所でも数十種類ある。目移りしそうなくらいの数だ。

『ラインは大別するとナイロン、フロロ、PE、エステルの4種類。そこからさらにラインの細さや色で分かれるから種類も必然的に増える。まぁ、アジング用フロロカーボンラインに絞れば十分絞られてくるから選びやすいだろう』

「あとは仕掛け?」

『そうだな。アジングの基本はジグ単というジグヘッドとワームだけの簡単なものだ。ジグヘッドは重さが0.5〜1.5gの物を一種類だけ買う方法がいいだろう。最初からジグヘッドの使い分けはなかなかできないし、オモリのサイズが違うから水中の動きが想像しやすいからな』

「ふーん。……このTGってやつは?」

『オモリの素材のことだな。タングステンで作られるものにTGとつけられてる。ちなみにTGと付いていないものは大抵鉛製だな。ただ高いし、よくわからないうちに使うものでもないから、最初は鉛製のものがいいだろう』

「そっか……ワームはどんなのがいいの?」

『必須級と言えるのはピンテールだな。ほら、ヒダヒダが付いていて、細い尻尾がある奴だ』

「ヒダヒダがついてて……細い尻尾……だいふく親方が使ってたような?」

『そうだ。そのピンテールの2in(インチ)前後の長さの物を、いくつかのカラーを揃えて集める』

「カラーはどんなのがいるの?」

『そうだな……完全に透明なもの、透明にラメが入っているもの、色付きの物、色付きにラメが入っているもの。と言うふうにカラーを大別して、できる限りいろんな色を揃えるのが無難だが、とりあえずは赤かピンク系の定番カラーを集めるといいだろう。余裕があるなら、黄色やグリーン系、青や白と種類を増やしていくといいぜ』

「ワームの形はたくさん種類持ってた方がいいの?」

『当然、種類を集めた方がさまざまな状況で対応できるようになるわけだが、最初はどう使い分けすればいいかわからないもんだ。だから、とりあえずピンテールだけにしておくか、パドルテールという尻尾が平たい物を追加する程度にするのが無難だな』

「ふーん。他には何が必要なの?」

『あとはフィッシュグリップ。アジバサミとも言う。それにプライヤー、ライフジャケット。と、こんなところか。水汲みバケツとクーラーもいるが、楓たちが持ってるやつでいいだろう』

 ……と、一通り店内を回って、楓はだいふく親方の言葉を復唱するように思い出していた……が。

「……ど、どうしよう……親方」

『……どうせ覚えきれなかったんだろ?』

「なぜわかったし!?」

 正直誰でも想像がつく。メモも取らず、いきなり初めて聞くことを詰め込まれても、覚えきれないものだ。

『そういう時は、店員に頼るといい。予算もどのくらいか話しておくと、適切なアドバイスをくれるだろう』

 そういえば、父が友達っぽい店員と話していたはずだ。あの店員に頼っちゃおう。

 そう思った楓だったが……。

「あ……こ、これはっ!」

「こんなに簡単に道具が揃うなんてねー」

 そういう楓の手には、赤い紙袋に入った大荷物……要するに福袋があったのだ。

「春の特別福袋だってよ。お店の友達が勧めてくれた」

 福袋は自由に商品を選べない問題があるが、そのかわり初心者にはありがたいことこの上ないシステムだ。とりあえず必須となる道具が一括で揃うのだから。

 さらに福袋で始めることを前提で店員に他に必要なものを聞くと、ライフジャケットやフィッシュグリップなどの福袋に入ってない道具も一式揃えることができた。

『……まぁ、満足したならいいさ』

 今回、わざわざビデオ通話で解説した親方にとってはやや不服だった。完全に説明し損になってしまったわけだし……。

「ふふ。でも、ありがとう。だいふく親方」

『なんでぇ。どうせオレの説明がなくてもよかったってことじゃねぇか』

「でも、だいふく親方と一緒に買い物できて、私は楽しかったよ。それに、親方の言ったこと全部忘れたわけじゃないしね」

 そういうと、そっぽを向きながら尻尾をゆらゆらと揺らしていた。

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