【小説】JKとアジングとサイボーグと 十一話「こわくない」

JKとアジングとサイボーグと ストーリー

 いろっちと呼ばれた少女は釣り上げたアジを海へ帰し、一息つく。チャポンという心地よい音とは対照的に美穂は残念そうにそれを見守る。
「帰しちゃうの? 食べればよかったのにぃ」
「だ、だって、小さかったし……。そ、それよりいろっちってなんですか……? 涼月彩夏(すずつきあやか)と全然かかってないような気がするんですが……」
「あれ!? あやかって読むの?! ……ま、まぁいいじゃん。いろっちで」
 おそらく彩り(いろどり)から連想していろっちと呼び始めたのだろうか? 美穂は勘違いした恥ずかしさを誤魔化しながら彩夏の隣に座る。
「それにしても、いろっちが釣り好きなんてびっくりしたよ。いつも学校で本ばっかり読んでるからさ」
「……だって、友達いないし……が、学校は勉強する所ですし……」
「マジメだねぇ。アタシはもっと楽しいことしたいけどなぁ」
 空を見上げながら、柑橘系の髪を、ゆらゆら風に流す。
「……でも、友達がいないってとこは、アタシも同じかな?」
「え?」
 声を上げたのは、彩夏だけではなかった。様子を覗いていた楓もそうだ。コミュ力の塊のような美穂に、友達がいない?
 だが、よくよく考えればそうだった。いつも転校生である楓に話しかけている美穂だが、そのほかの学生と話しているところを楓は見たことがなかった。

「……アタシ、小学生は病院で卒業したんだよね」
「え……そ、そうだったんですか?」
「腎臓の病気でね……勉強はリモートで病院でやってた。いやぁ、あんときは我ながら壊れてたわー。どーせ助からないって思って、周りに当たり散らして……だれも信じなかったから、友達と呼べる人はいなくなった。……卒業のお祝いにきた人も、親を除けば先生だけだったよ」
 淡々と語る美穂の過去に、楓は思わず口を押さえて、衝動を息ごと飲み込んだ。
「……ドナーが見つかって、腎臓移植に成功して、なんとかリハビリも終えて学校に行けるようになったのが、中三。……当然私を待ってる友達は誰もいなくて、知らない人ばっか。……そこでようやくアタシ、間違ったんだなーってわかったよ。被害者面して当たり散らして……バカだなぁーって。たはは」
「そ、そんなこと……」
 “ない”……と続けるのは簡単だったが、楓も彩夏も出かかった言葉を止めた。――その言葉は、変わろうとしている彼女を否定する言葉だと感じたからだ。
「……まぁ、なんとか古蔵港に合格したけど……それでも変わることはできず、1年を過ごした。友達の作り方なんてわからなかったし、距離感? とかもしんないし……でも、そんなとき転校生が隣のクラスに来たって聞いたんだ」
 私のことだ。そう理解して、楓はビクッと体を痙攣させた。
「なーんか島流しとか、没落貴族とか……勝手な噂ばっか流れてて……でも、アタシは知ってた。……人って勝手な噂でレッテル張りする生き物なんだって――アタシが一番よく知ってた」
「……」
「だから、最初は勝手な正義感だったんだ。ちょっと怖かったけど、底なしに明るい自分を演じて、バグった距離感に言い訳して無理やり友達になって……そうしてたら、なんだか、それが楽しくなってきて」
 楽しそうに語る美穂だったが、どこか寂しそうな目をしていた。
「……なんの趣味もないと思ってたアタシが、初めて見つけた楽しそうなこと……それがアジングだった。――って言っても、一度もかえかえがアジを釣ってるところ見たことないんだけどね」
 感動を感じ始めてたかえかえは、思いっきりズッコケた。
「でもさ……釣れないのになぜか楽しそうで……だから私も興味出てきてさ……。始めたくて、ずっとキッカケが欲しかったんだ」
「……で、でも……」
「いいんだ。友達にならなくても。それが怖いことなのは、アタシが一番よく知ってる。でも……でもさ! 彩夏が、アタシがかえかえと仲良くなるきっかけをくれないかな!?」
 そう言いながら、彩夏の手を美穂が握る。
「お願いだよ……」
「……で……でも……怖いんです……わ、私……美穂さんみたいな過去があるわけじゃない。ただ、誰かと接するのが怖くて」
「アタシだって怖いよ……だから変わりたいんだ! ここで……この場所で!」
 美穂の切実な思いを聞いて、彩夏は息を飲み込んだ。

 ――そして、静かにうなづいた。

「……勝手に私の入部先決めないでくれる?」
 数分後、楓は茂みから顔を出した。
「かえかえ!? な、なんでここにいるの!?」
「……て言っても、あんなの聞かされた後じゃ、入る以外の選択肢ないけどね」
「……え……えっと……その……」
 言い淀む彩夏に、目の縁を赤く腹した楓がにこやかに手を差し伸べる。
「改めまして。安治平楓です。釣り同好会に入部させてください」
「! ……は、はい! こ、こちらこそ、よ、よろしくお願いしまふっ!」

 噛んだことすらいい思い出になるほどゆるく、しかし期待に満ち溢れた風を感じ、二人は固く手を繋いだ。

「釣り同好会に入部届……ねぇ」
 生徒会長席に座る少女は、入部届を提出しにきた楓と美穂を見送ったあと、密かにその椅子で暗い笑みを浮かべる。
「安治平楓……安治平博光の孫……。てっきりルアー同好会に入ると予想していたけど……まぁいいわ」
 窓から外を見下ろすと、校門に向かう釣り同好会メンバーが見えた。
「どのみち潰す方法はいくらでもある……そのためには……利用するしかないわね」
 生徒会長。冬咲琴音は、ルアー同好会、釣り同好会のメンバー表を見下ろしながら、暗く微笑んだ。

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