【小説】JKとアジングとサイボーグと 十話「トツゲキッ!」

JKとアジングとサイボーグと お茶シャンパンタワー ストーリー

「失礼します」
 楓は職員室独特のこの緊張感が少し苦手だった。別に何も悪いことはしてないのだが、なぜかこれから怒られるようなそんな気分になってしまう。

 ……クラス担任の奇行さえなければ。

「花山先生。宿題のプリント持って来ました……あれ?」
 いつもは男女問わずの視線を集めるその席に、花山先生はいなかった。首を傾げつつも、机の上にプリントを置こうとしたところ、お盆山盛りに湯呑みと急須を乗せ、片手で軽々と持っている凛とした佇まいの女性が、給湯室からクルリと一回転しながら華麗に姿を現した。
「ああ、安治平くん。ありがとう。机の上に置いておいてくれたらいいから」
 イケメンホストすら顔負けの面持ちで、急須を高く掲げ、湯呑みでできたシャンパンタワーに緑茶を注ぎはじめる。……この緑茶が香る瞬間が、古蔵港高校職員室の昼時を告げるのだ。
 花山佳織里(29歳 独身)いわく、こうすると上の段と下の段で温度差が生まれ、各教員の好みに合わせた湯加減でお茶を提供できるのだとか。
「あはは……き、今日もお元気ですね」
「いやいや。安治平くんも、この学校にだいぶ慣れたようでなにより」
 お前にだけはなれねーけどな。と顔を引きつかせる楓だったが、そんな生徒の姿に目もくれず、分身しつつ、人間離れした体術で午後の緑茶をものの数秒で配り終える。

 ……本当にこの人は何なのだ……? と転校以来何度も考えてみた。……だが、クラスメイト曰く、考えたところでムダだという。それを察した楓も考えるのをやめていた。

「時に安治平くん。君はまだ部活には入っていないそうだね」
「え、ええ。」
「君は島民だし、無理に部活に入れとは言わないよ」
 大袈裟に両手を掲げて、オペラでもやっているかの声量で叫び出した。
「だけど、部活は青春を飾る素晴らしき文化っ! 学校全て意味を司ると言っても過言ではないっ!」
「いや過言ですっ! 学生の本分ぶっ飛ばしてますっ!!」
「ふっ……勉強なんて、犬のエサにもならないさ」
 ……この人なんで先生になれたのだろうと、本気で思う楓だった。

 とはいえ、部活をいまだに決めていないのは問題だった。
 前の学校ではソフトテニス部だった。それなりに楽しかったが、今は釣りに興味がある。
 ……が、当の釣り同好会は幽霊部員が一人という。しかもその人物は神出鬼没で、人前には滅多に姿を現さないという。通称「海のメタルスライム」とか。
 既存の部、あるいは同好会に入る場合は部長の承認が必須となる。が、このままでは入部届を出すことはおろか、出会うことすら叶わない。一応新たに部を申請する方法も強引ながらできないこともない。競合する部を作ることは禁止だが「アジング同好会」のようないわゆるジャンル違いの部を申請することは可能なのだ。

 それ故に「ルアー同好会」は別に存在している。……が、全員男子な上、悪い噂も聞く。そんな中、女性の楓が入りづらいのは無理もないだろう。

 ならば釣りガールやアジング専門の同好会はどうだろう? ……とも考えたが、それもいかがなものか? そこまでして釣り同好会と距離をおいていいものか。

「……いや、違うか」

 ……どうして釣り同好会の部長が、人を避けるのか。楓が気になっているのはそれだ。

「何が違うの?」

「ひゃ!? お、脅かさないでよ」
 悩む楓の後ろから急に美穂が現れた。夕暮れに染まる放課後の教室が、一回り明るくなったような気がするほど、元気な声で、思わず楓の顔も緩む。
「釣り場にいないから、もしかして教室かなーと思ったら正解だったねー。……って、何してんの」
 美穂は楓のノートを覗き込んだ。別に隠すものでもないとでも言いたげに、楓はノートを美穂のいる方へ軽く回転させた。
「ああ、部活決めかぁ……やっぱまだ悩んでるの?」
「うん……正直私がやってるのはアジングだから“アジング同好会”ってのも考えたんだけどなぁ……」
 学校のルール上ではギリギリセーフと言えなくもないのだが……。
「……煮え切らないと?」
「うん……なんで釣り同好会の部長が、こんな状態になってるのか、少し気になるんだ」
 人見知りにしては度が過ぎているというか、もはや恐怖症の類だ。顔も見たことがないその人物に、少し同情のようなものを感じていた。

……が、同情も本当はしていいものか。それはただのおせっかいではないのか?

 ということで、解決しようがない問題に、頭を悩ませていたのだ。
「……よし。かえかえ。その問題、アタシに預けてくれないかな?」
 美穂は、決してふくよかではないその胸に手を当てて、自慢げに答えた。
「え? でも美穂とその部長さんって明らかに対象的じゃない。それに誰が部長かもよくわかってないし」

「いいからいいから。まかせて!」
 そういうと、嵐のように美穂は教室を飛び出した。
「えっ! ちょ、ちょっと!」

「……まったく……美穂ってば、どこに……」
 さすがに心配になった楓は、美穂を探すために学校中を探しまくったが、見つからなかった。
「あ!」
 ――結局見つけたのは、学校横の港。その奥の茂みで釣り人の一人を覗き込んでいる。
「……あの釣り人の中に、部長さんがいるの?」
 しかし、どうも今日は釣り人が多い。高校生くらいの人もいるし、制服を着ているかどうかもわからない。
「……あの子かな?」
 美穂の視線を追うと、金髪の少女がウキ釣りをしていた。麦わら帽子に、小柄な体高に似つかわしくない大きな長竿。クーラーボックスを椅子にして、マキエを入れるケースを隣に置いている。

 少女の様子を観察していると、深く竿が弧を描く。少女がブロンドのショートカットを揺らしながら魚と格闘していると、抜き足差し足で美穂が近づいていく。

「手伝うよ! いろっち」
「ひぇえええ!? だ、誰ですかぁ!?」
 いろっちと呼ばれた少女が、目を丸くして竿を握りしめる。
「えぇ!? 同じクラスの桜城美穂だよ! 覚えてないとかひどいなぁ……そ、それよりお魚掛かったんでしょ!?」
 いろっち……という名前には聞き覚えがないが、顔はなんとなく見たことがある。確か美穂のクラスに遊びに行った時、いつも教科書で顔を隠している少女がいたはずだ。髪の色も一緒だし、おそらくその子がいろっちなのだろう。
「だ、大丈夫ですぅう!? お気遣いなくぅ!?」
 明らかに怯えてる様子のいろっち。涙目でブルブルと震える様子を見て、美穂を止めようとする楓だったが――。
「アタシは大丈夫だから。一緒に釣ろう! ――ね」
 優しく声をかける美穂。まるで心理カウンセラーのような優しい口調に、徐々に落ち着きを取り戻すいろっち。
「なにすればいいの?」
「えっと……じ、じゃあ、網を持ってくださいぃ」
「これだね」
 タモ網の柄をもち、ニヤリと笑う美穂。
「わ、わたしが魚を寄せるんで、魚を頭から網に入れるようにしてくださいぃ」
「頭からだね」

 楓は、ふとだいふくから教えてもらったタモ網の使い方を思い出した。
 網を尻尾から入れようとすると、泳ぎの早い魚に逃げられて入らない。最悪ラインなどが絡まり、そのまま逃してしまう原因となってしまう。
 そのため、タモ網は必ず魚の進行方向に構えるのだ。魚は方向転換はできてもバックすることはできないため、そうやって構えると自然に網へと入っていくのだ。
 そしてもう一つの注意点は、掬った際にタモを水平にもち上げようとしてはダメということ。これはタモ自身が折れる危険性がある。
 なので、綱引きのように手繰り寄せるのだ。こうすることで、タモの柄にダメージを与えることなく、魚を陸に上げることができる。

的確な指示の結果、美穂の持つ網の中には銀色の魚が入っていた。チヌ……クロダイともいうウキ釣りのメインターゲットだ。
「つ、釣れたぁー! いろっち、釣れたよ! すごーい!!」
「う、うん……あ、ありがとうございましゅ――うぅ、噛んじゃった」
 上機嫌に笑う美穂を尻目に、いろっちと楓は微妙な表情をしていた。
((まぁ、このサイズなら網に入れる必要もなかったんだけどなぁ……))
 網の中でビチビチと跳ねる小型のチヌを眺めながら、遠い目をする楓といろっちだった……。

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