【小説】JKとアジングとサイボーグと 九話「釣り同好会」

JKとアジングとサイボーグと ストーリー

「おいーっすかえかえ! 釣れてるかい~」
 美穂がニマニマしながら、わかり切った釣果を聞きにくる。完全になめた態度ではあるが、楓は涙目で返すしかない。
「うぅ~……ここアジいないんだよ! 絶対いない!」
「いるみたいだけど?」
 と、指をさす先には、20匹目を釣り上げたおばあちゃんがにこやかに会釈をしていた。
「あ、あれはサビキ釣りって言って、コマセっての使って周りの魚を集めている釣り方。サビキでいいんだったら私だってあのくらい……」
 と、冷汗をぬぐいながら解説する楓だったが――。
「でも、あっちのお兄さんは?」
 美穂が指さす先には、ピアスを付けた若い男性が、アジングでアジを釣り上げていた。……正直楓も気付いていたが、見ないふりをしていた。
「ぐぬぅ~~……な、なんでぇ? 島だったら釣れるのにぃ!」
 なぜか楓は、この場所で一匹もアジを釣ったことがなかった。さすがに親方には負けるが、楓もそれなりに腕を付けている。ここまで釣れないということはないはずだった。

「こ~なったら……」
 楓はルアーを投げるのをやめて、ピアスのお兄さんの方をじっと見た。
「どうしたの? かえかえ……ま、まさか、そのお兄さんに一目惚れ!?」
 何事かと焦っていたお兄さんだったが、なんとなく事情を察したのか、お手本のようなキャストを決める。
(タナは……15カウント……シャクリは……え、はやっ!?)
 あんなスピードで動かしてたら、簡単にタナ……つまりアジのいる深さを外してしまいそうだ。
 だが、構わずピアスのお兄さんは、シャクリ続け……ロッドを止めた瞬間……。
「んっ」
 竿が胴まで深く曲がる。慎重に引き寄せると、アジ……ではなくメバルが上がった。
「ありゃ。メバルか」
 残念そうにリリースするピアスのお兄さん。そのあとワームがズレていないかチェックしている。

(……メバルだったとはいえ、釣れたことに変わりない。釣れたってことは、エサと誤認したってことだもん。つまり、アジが近くにいれば釣れていたってことだ。……でもなんであんなに早くロッドを動かしてたんだろ?)

 楓の視線は、ピアスのお兄さんが持っているワームにフォーカスを当てた。乳白色で少し長めのワームだった。
「そっか! これで釣れるはず!」

 お兄さんは楓の様子を見ると、ニヤリと笑い、再びキャストする。一方の楓はジグヘッドを結び直し、2gに、ワームをクリアカラーに変更した。
「ん? あのお兄さんのパクリをするんじゃないの?」
「そうしたいのはやまやまだけど、私は同じワームを持ってないし、おそらくこのワームでもそんなに違いはない」
 楓はキャストすると、そのままラインをフリーにして15秒カウント。そのまま大きくしゃくる。
(お兄さんのロッドは、私のロッドより長い……だったら、たぶん、私はもう少し大きくアクションしなきゃダメだ)
 何度か大きくシャクると、止める。これを何度も繰り返す。
(親方が言ってた……多分これが……)
 穂先がピクリと動いたのを、楓は見逃さなかった。

「リアクションバイトっ!」

 楓がアワセを入れると、タックルがブルブルと震える。強い引きでドラグが悲鳴を上げる。
 落ち着いてファイトする楓が引き上げると、大きな目が堤防の陸上をとらえた。メバルだ。
「やっぱり……でもメバルかぁ……」
「……ところで、リアクションバイトって?」
「魚が食事時じゃないタイミングで、食べさせるテクニックのことだよ」
「? ……どういうこと?」
 どうたとえたらいいか悩んだところ……。

「……猫じゃらしみたいなもん? かな?」
「ね、猫じゃらし?」
 楓の例えはあながち間違っているわけではない。リアクションバイトとは、レモンを食べたとき人間が口をとがらせるように、魚が反射的に動いてしまう習性を利用した食わせ方のことだ。
 今は放課後。まだマズメというには早い時間帯。なので、食性に訴えるよりリアクションバイトを狙った釣り方の方が食わせられるというわけだ。……が、それだけでは半分正解なのだが……。それ以上は言うまいと、ピアスのお兄さんは帽子を深くかぶり、その場を後にする。

「……ねぇ、かえかえはなんでサビキ釣りをしないの? そっちの方が釣れるんでしょ?」
「う~ん……私も実は、まだよくわかってないんだよね?」
「なにそれ?」
「……言うなら、それを知るため……かな? だからアジングをしている」
 親方がなぜアジングをするか? ……身長などのお話はともかく、好んでやる理由は、もっと他にありそうな気がしてならなかった。それを知りたい。親方を知るたびに、なんとなくおじいちゃんのことがわかるような気がした。
「……ふーん。でもおばあちゃんは30匹目釣ったみたいだよ?」
「あれは例外!」

「……これでラスト……ラストだから」
「って! かえかえ船行っちゃう! 帰れなくなっちゃうよ!?」
「やだぁ! 結局メバルしか釣れてないもん!」
「って言ってラスト一投を何十回するつもり!?」
 涙目でうなる楓を、遠い目でフェリー乗り場のおっちゃんが眺めていた。……正直今日の終便の客は楓しかいないので多少遅れるくらいは問題ないと多めに見るつもりではあるが、さすがに困った顔をしていた。

「ほらぁ! フェリーのおじさんも困ってるからぁ! ねっ! 釣り竿しまって」
「やだぁ! あと一回ぃ!!」
 押し込むようにフェリー乗り場に連れてかれる楓。フェリー乗り場のおじさんに肩をぽんぽんと叩かれると、さすがに観念したのか竿をしまってフェリーに駆け足で乗り込む。
 フェリーから顔を出している楓に「また明日!」と手を振る美穂は、悔しさを隠しながら笑う楓をうらやましそうに見ていた。
「……釣り……かぁ……ぜんぜん興味なかったんだけどな……」
 フェリーが小さく見え始めた港で、美穂は手の動作だけでキャストの真似をしてみる。
「そんなに楽しいのかな~? ……ん」
 美穂は、学校の裏あたりの草むらが揺れたのを見つけた。その揺れは、断続的にもぞもぞと動いている。

「猫ちゃん!?」
 ――美穂は猫好きだった。
 驚かさないようにそっと近づき、美穂は草むらの奥を覗いた。
「ひっ!」
 小さく丸まったその小動物は、猫ではなく少女……しかも同じ高校の制服だ。それだけじゃない。楓よりより大きな竿と、大量の道具を抱えている。
「あれ? ……いろっち?」
「ふぇ……? 桜城さん!? ひぃ!?」
 天敵に見つかったネズミのようにいろっちと呼ばれた少女は道具をすべて抱えて、走り去っていった……。
「……いろっちも釣りしてたんだ……ん? ってことは……釣り同好会の唯一の部員ってまさか……」

JKとアジングとサイボーグと

 涼月彩夏(すずつきあやか)……古蔵港高校 釣り同好会唯一の部員にして部長……そして幽霊部員でもある彼女は……極度の人見知りだった。

コメント

タイトルとURLをコピーしました