【小説】JKとアジングとサイボーグと 八話「ある日のおじいちゃん」

JKとアジングとサイボーグと ストーリー

 ーー2年前……。

 その老人が余命宣告を受けて半月ほどの月日が流れた。煙を吐き、あいも変わらず釣り糸を垂らし、陽気に笑ってクーラーボックスにドカッと座っている。

「安治平のじいさん。いいのか?」
「ん? なにが?」
 老人に声をかけて来たのは漁師の厳だ。持っていた道具をその場に置いて、隣の係船柱(けいせんちゅう 船を停めるためにロープで使いでおく柱の事)に腰掛け、タバコに火をつける。
「さっきの、剛じゃろ」

 剛とは、この老人、安治平博光の実の息子だ。この茜島出身で、昔は厳が弟のようにかわいがっていた。が、その剛も大企業の若社長にまで成長した。しかもいつのまにか高校生の娘までいるらしい。
「会話……盗み聞きしとったんか?」
 老人から少しだけ笑みが薄れた。タバコの灰を携帯灰皿に落とし、ため息とともにヤニを吐く。
「あんなデカい声で怒鳴り合っとった、誰だって気付くわ」
 文句を聞き流そうとするように、マキエをシャクで掬ってウキの周りに撒く。
 この老人、安治平博光はこの釣り方――フカセ釣りの名人だ。いつもは、愛猫の白猫を隣に寝かせて、晩飯を狙うのだが、今日に限って白猫はどこかへ行っている。

「なぜ東京に行かない? じいさん、わざわざ島に残る必要なんてもうないじゃろ」
 会話をはぐらかされそうになった厳は、焦りを含めた口調で本題を切り出した。
「いんや。まだここを離れるわけにはいかんでな」
 安治平は震えた指で、短くなったタバコをポケット灰皿に捩じ込んで、新たにもう一本火をつけた。
「だいふくのことか? あの子の事はもう諦めろ。すでにただの猫じゃねぇってことは、周知の事実になりかけている。SNSでは二足歩行の白猫の噂でひっきりなしだ。俺たちがAI画像の合成という噂を言いふらしているからなんとかなってるが、正体がバレるのも時間の問題だ」
「……そんなもん、あいつには関係ない」

 だいふくとは、安治平の愛猫の事だ。元々交通事故で死んでしまった白猫だったが、安治平の持つサイボーグ技術により、高度な知能を持って生き返ったのだ。だいふくは、安治平に深く感謝し、尊敬をしていた。最近はタバコの真似事まで始めるほどだった。

「じいさん。だいふくのサイボーグ技術は、世界を一変させる技術だ。……それこそ、世界の軍事バランスが崩壊するほどの……」
 安治平のサイボーグ技術、及びロボット開発技術はいくらでも軍事転用が可能な技術。自分のロボットを戦争に使われたくない安治平は、茜島に引き篭もったのだ。
 だが、それももう10年以上前。安治平はすでに余命宣告を受け、アルツハイマーも患っている。自分の家族すら朧げな彼の脳内からは、先進的技術など失われている可能性が高い。この状態なら安治平が息子宅で一緒に暮らしていても、狙われることはまずない。
「じゃが、だいふくはどうする……? アイツに罪はない」
「そ……それは……」

 ……問題はだいふくの存在だった。彼は安治平の技術の結晶だった。いずれサイボーグであることが世間に広まれば、技術を盗むために解剖されることはまず間違いない。さらに、人体をサイボーグ化させたり、AI技術を発展させ高精度な無人爆撃機を作ることすら可能となるだろう。

「――ワシが死んだら、アイツは自分の身体を自壊させるしかない」
「……じいさん」
「あの小さな猫は……誰よりも真っ先に……誰よりも冷徹にその決断を下したよ……自分の体内に、自分の手で自壊用のプログラムを作ってな」
 自分を殺すためのプログラムを、自分の手で、自分の体内に埋め込む……それがどれだけの覚悟が必要なことか……その決断をさせてしまったことを悔いるように、竿のグリップが壊れるんじゃないかというくらいに握りしめる。
「……じゃから、ワシにはやることがある……まだ、ここを離れるわけにはいかん」

 安治平の研究室。……横たわる一匹の猫と、数々の機械部品が並べられている。まるでSF映画に出てくるマッドサイエンティストの研究室だ。
「……すまんな、だいふく……自壊用のプログラムは解体させてもらった」
 安治平が咳き込み、手で口を覆うが血が溢れてくる。胸を押さえ、苦しみに耐える。自分の命が急速に失われていくのを、彼は悟った。
「お前は……死ななくていい……死ぬのは、ジジイの役目だからな……」
 それでも安治平は、だいふくの手術を再開する。この小さな体に、世界最強の武力を持たせる。これが安治平の最後にやるべきことだった。
 そうしなければだいふくは、必ずいずれ狙われてしまう。
「人類は本当に愚かだ……戦争だけじゃない。環境汚染、ゴミ、資源問題。まさに人間のワガママで、植物も、動物も、人間すら殺している」
 血で汚れた手を握りしめ、最後の仕上げを始める。
「その……すべてを今更、ワシ一人の手で終わらせられるとは思っておらん……だから、これは戦争を止めるためじゃない……ただの……ワシのワガママじゃ」
 世界に対して「ざまぁみろ」とでも言いたげな顔で、赤く光るボタンに震える指を添える。
「――だいふく……お前には……辛い思いをした分、たっぷり楽しんで欲しい……釣りでもしながら……ワシの願いは――ただそれだけなんだ」
 瞬きした瞬間、脳が焼けるような痛みを発する。脳細胞が次々と死滅し、それと同時に意識が朦朧としてくる。
「あ……ぅ……」
 記憶がこぼれ落ちて行く。まるで、脳内に存在する記憶すべてが、急速に燃え尽きて行くように。
 もはや安治平には、なぜこのボタンを押さなければならないかなどわからなくなっていた。ただ、本能だけで指を強く前へ出した。

「……かえ……で……」

 最期にこぼれ落ちた記憶は、少女とだいふくが一緒に釣りをしている姿だったーー。

JKとアジングとサイボーグと

「……へ」
 安治平が最後に押したボタンの正体は、ナノマシンウイルスの発生装置だった。これによって、だいふくの持つ兵器以外がすべて無力化した。銃も、ミサイルも、軍事衛星すらスクラップとなった。
 おかげで、たった一人のワガママによって、この世の戦争は中世まで後退した。そんな状態ではまともに戦えるわけもなく、この世界からすべての戦争は消え去った。
 ノーベル平和賞ものの活躍と誰かが言った。だが、銃社会であるアメリカを始め多くの国で反発がおき、歴史に表舞台からは、いつのまにか消し去られていた。

 そんな安治平が、だいふくにだけに兵器を残した理由。それは、ナノマシンウイルスを駆除するための装置がだいふくの体にあると、軍人たちが考えると予想できるからだ。

 そのため、だいふくにはオーバーテクノロジークラスの自衛手段を持たせることにしたのだ。これでだいふくに誰も手を出すことはできなくなった。かつて軍事大国と呼ばれた国でさえも……。

「……じーさん……ったく、余計なことしてくれるぜ」
 ……元々だいふくは、安治平のじいさんが死んだら、自分も死ぬつもりだった。そもそも猫の寿命なんてとっくに過ぎている。通常の猫より長生きさせてもらって、大好きなじいさんもいないのに、生きる意味なんてない……。そのはずだった。
 だが……だいふくの脳内には、安治平博光の遺言が残っていた。
『孫を頼む』
「……ったく……孫っつったって、最後にオレと会ったの10年と3ヶ月前だっての。顔認証すらまともに機能するかどうか……」
 呆れつつも、15匹のアジを釣り上げただいふくは、そろそろかと思いワームを付け替えた。
「……うぅ……なんでぇ……なんで釣れないの?」
「……あのガキ……まだ諦めてなかったのか」
 さっきから見かけない少女が、サビキ仕掛けをイジりながら唸っている。しかもやたらとチラチラこっちを見てくるし……気になってしょうがない。
「……!」
 だいふくは、その少女が持っている竿についているキズを見て思わず息を呑んだ。
「おめぇ……その竿……」
「……へ?」

 この話は、とある女子高生とサイボーグとアジングのお話……そう、戦争とは関係のない、ただの日常の一コマ。

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