【小説】JKとアジングとサイボーグと 七話「パックロッド」

ストーリー

 古蔵港高校は、文字通り古蔵港の真横にある。元々はイベントだったり展示だったりをするための施設を改装して作られた。そのおかげで、茜島へのフェリー乗り場が近く、楓の通学はかなり楽になった。

「そう言えば、終電……いや、終フェリー? は、間に合うの?」
「あと1時間は大丈夫。美穂は?」
「私は自転車だからよゆーだよ。門限もないし」
 楓はそれを聞くと安心して、先ほど100均で買ったジグヘッドとワームのパッケージを取り出す。
「あ、そう言えば竿は?」
 楓の持ち物は学校のカバンだけ。教科書はいつも置いてきてるため、中身はノートと筆記用具。リールやワームケースくらいは入るだろうが、竿のような長いものは入りそうにない。
 すると、楓はニヤリとしてカバンから長めの筆箱のようなケースを取り出した。

「これが竿だよ」
「? ……短いよ?」
 確かに竿にしては短い。ケースはせいぜいA4サイズに収まるくらいだ。
 楓がケースを開けると、6本に分割された竿が出てきた。
「壊れてる!?」
「元々こうなってるんだよ。これを繋げると……」
 楓が分割されたロッドのパーツを繋げると、1.5mほどの竿となった。

「おおー」
「パックロッドっていってね。旅行カバンに入れておくための竿だよ」
(……まぁ、お父さんからの借り物だけどね……これ、そこそこ高いし)
 リールを取り付けながら愚痴る楓。一応小遣いで買えそうな安いパックロッドもあったのだが、カバンには入りそうになかった。
「おお……どんどん釣りっぽくなっていく」
 よくよく考えれば新鮮だ。楓はいつもベテランアングラー猫とほとんど趣味で料亭を開くくらいには海好きな親父に囲まれてた。
 つまり楓にとっては初の、自分より釣りを知らない人だ。

 それだけに、内心ホッとしていた。
(……釣れなくても“100均だから”とか“パックロッドだから”とか言い訳できる)
 楓が投げると、ワームがポチャリと沈む。内心釣れるかどうか疑心暗鬼な美穂は、楓の一挙手一投足すら楽しんでいた。
「そういえば、かえかえが入ろうか悩んでる部活って、やっぱ釣り同好会?」
「そうなんだよね……でも、部室はあるものの、チョコミント同好会と同じく部員一人でしかも幽霊部員。そのうえ、その部員が誰なのかもよくわかってないらしいの」
「な……なにそれ……」
 そのチョコミント同好会唯一の部員である美穂ですら、学校にはちゃんと申し出て部活申請し、立派に幽霊部員をしている。なのに、釣り同好会は名前を伏せているとは何事かと、自分のことは棚に上げる美穂だった。
「名前を伏せてるのは本人の希望らしいの。なんでかは知らないけど、学校側としてもプライバシーは守るべきってことで教えてくれないってわけ。……だからアジング同好会を新しく作るか、釣り同好会の部長を見つけて交渉するか、考え中ってわけ」
「なるほどねぇ……」

一方そのころ……茜島では――。

「親方! 釣れたかい?」
 船の上から堤防で釣り糸を垂らしている猫に漁師の厳さんが声をかける。
「オレを誰だと思ってる。一週間程度の猫たちのエサは確保したよ」
 猫はラインを回収したあと、シシャモを炙り、煙をふかす。
「……ん? ヤニが切れちまった……。厳、後でとびきりの奴を頼むぜ」

「いつものな。了解」
 シシャモ中毒猫のオッサンは、そのままキャリーカートに忍ばせているタックルケースから道具を取り出した。
「さて……こっからは完全趣味の時間だ……」
 取り出したのはやや蛍光色の強いワームと安そうなジグヘッド……100均のワームとジグヘッドだった。ちょうど今はマズメ時。春でやや波が高い。こういう時は、案外100均リグがちょうどヒットするケースがある。

 100円という安さにするため、ジグヘッドにさほど精度を求めることはできない。そのため、1g以下のものはなく、重さに誤差が生じがち。ハリの鋭さもない。
 だが、親方からすれば、これも立派な道具と言える。
(重さに誤差があるなら、こっちが合わせりゃいい。例えば、1gのジグヘッドなら、1gと思わず、1g前後として考え、潮の流されやすさから計算する。……こいつは0.8gより重さを感じるが、1gより軽い……まぁ0.9g前後……いや0.89gってとこか)

 ワームは透明度の低いものを使っていた。時間帯で言うと、小魚を食べるアジの活性が高くなる頃合いだ。だから、少し大きめのアクションで誘う。
(食いの間はやや短めがいいか……ドリフトさせて流されるベイトを演出すれば……)

 親方のシシャモが強く噛み締められ折れる。すると同時に親方の竿が大きく弧を描く。
 飛び出したアジは、30cmをゆうに超えていた。普通はランディングネットを使って取り込むところだが、親方は迷わずブッコ抜いた。
(上顎にきっちり刺さってるのが見えた……これなら竿捌きで抜き上げられる)

「……尺アジを迷わずぶっこ抜きとは……さすが、世界最強のサイボーグ様といった所かしら?」

 いつのまにか犬走りの上に堂々と立っていたその少女に、驚くこともせず、釣り上げたアジをリリースする。
「……無視? つれないわね」
「茜島は久しぶりで忘れちまったのか? オレは釣りで勝負するつもりはない」

「――安治平博光……。世界初のサイボーグ技術とロボット開発を持つ男。その初号機にして、最高傑作と言える存在。D-101。通称だいふく」

 ピクリと耳が動き、「けっ」と一言だけ返す。
「安治平が世界中にばら撒いたサイボーグ及びロボット技術は最高だった。革命とも言える、まさに芸術品……その芸術品が、どうして戦争に使われないのか……あなたは知ってるの?」
「さぁな」
「それは、安治平がサイボーグ技術と同時にばら撒いたナノマシンウイルスによるもの。……おかげで世界の軍需産業は大混乱。何せ、軍事技術のみが核も含めて全て無力化されてしまったんですもの。旅客機は飛ぶのに、戦闘機は飛ばない。クレー射撃はできるのに拳銃は打てない。文字通り、彼は世界の戦争を止めてしまった……ある一匹を除いてね」

 その一匹である存在は、やれやれと首を振り、シシャモを丸呑みする。
「……何が望みだ?」
「私の望みはただ一つ……あの頃からずっと変わってないわ――」

JKとアジングとサイボーグと

「――復讐……それだけよ」
 それだけ言うと、少女はフェリー乗り場へと去っていった。

 その胸に、古蔵港高校の紋章を輝かせながら――。

「――ただいまぁ……」
 どんよりした様子の楓が、店の裏口から現れた。……問うまでもなく、放課後ちょい釣りはボウズだったようだ。
「おう、おかえり。遅かったな」
 と、焼酎ロック……のように見えるただの水を飲み干しながら、ニヒルに笑う猫一匹が、カウンターの角に座っていた。
「あれ? 親方来てたの」
「まぁな。たまにはコイツのメシでも食ってやるかと思ってな」
「生意気な……」
 と、悪態をつきながら、料亭の大将は親方の釣ってきたアジを捌く。
「とかいって、結構気に入ってるんでしょ? お父さんのアジフライ」
 見透かしたようにクスクスと笑う楓。親方は図星を突かれた顔を見せないようにそっぽを剥きながらグラスの氷を転がす。
「古蔵港高校……か」
 親方は、楓と同じ制服を着た少女を思い出しながら、思いにふける。

「……やれやれ……面倒事はごめんだぜ。じーさん」

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