【小説】JKとアジングとサイボーグと 十五話「手返し」

ストーリー

 ーー釣りは、確率論である。

 そういう意味で、初心者が経験者を凌駕することは別に珍しいことではない。

 しかし、それでも「確率を上げる知識や技術」を持つ経験者が、釣り勝負で勝つ可能性は、必然的に高くなる。

「久しぶりね……この島も」

 黒髪を潮風に乗せ、少女は茜島の地を踏みしめた。

「冬咲さん……」

「安治平楓……あなた一人?」

「勘違いすんなよ、せーとかいちょう」

 琴音の後ろにいた柑橘系の特徴的なポニーテールと、ブロンドのショートカットの少女達は、琴音を追い抜きながら楓の隣に立つ。

「これで釣り同好会メンバー3人。ルールに変更はなしでいいね」

「ふふ、構わないわ」

 今回のルールは、数釣り。

 フェリー乗り場のある漁港で、アジを釣った数のみで勝負をする。

 制限時間は2時間。外道は0ポイント。サイズによるポイントアップはなし。純粋に数のみで勝負する。

 4人のうち、1人でも琴音に勝てば勝利。釣り同好会の即時廃部は免れる。

 サイズの概念を入れれば、経験者はさらに有利になるが、琴音はあえてこのルールを採用した。

「よかったの? どうせ私の過去は調べたんでしょう? 私は3人の釣果の合計でも構わないのだけど」

 絶対の自信を見せつける琴音の迫力に、息を呑む楓だったが、その足元にいた声の主は冷静に返す。

「かまわんさ。勝負は常に公平に行うべき……そうだろう?」

「公平? 実力差を鑑みれば、ハンデを与えるのが公平じゃない?」

「言ってる意味がわからんか? 俺はテメェにはこのくらいのハンデでちょうどいいと言ってんだ」

 煽りあいの殺伐とした雰囲気に飲まれていく釣り同好会メンバー。

「いいわ。だったらその助長し切ったプライドを叩き折ってやるわ」

 琴音が準備のために釣り場に足を進めると、不安になった釣り同好会メンバーが、不安げにだいふく親方にコソコソと話しかけた。

『だ、大丈夫なの!? 結局私たち対してうまくなってないんだよ?』

『そーだよ! 相手はアジングの元プロみたいなもんなんでしょ?』

『作戦とかないんですか? 親方さん』

 エサ釣りベテランの彩夏まで不安を吐露する。しかし、冷静に親方は返す。

「作戦? んなもんねーよ。そもそもネコの俺に、テメーらの部活事情なんざ知ったこっちゃねーよ」

『えぇ!?』

「ただ、強いて一つだけアドバイスするならーー」

 勝負が開始され、それぞれのタックルが組み上がる。

 美穂は楓の父のパックロッドとリール。借り物だが、やや短いこと以外は欠点はない。ラインはエステル。奇しくも釣り同好会の中では一番価格帯の高いタックルとなった。

 楓は福袋で買ったエントリークラスのロッドとリール。ラインはフロロカーボン。基本セットをそのまま使ったベーシックな装備。

 彩夏もメーカーこそ違えど、エントリークラスのタックル。ただし、ナイロンラインを装備。ロッドは6‘10“ftと、やや長めを選択。

 対する琴音だが……。

「ほう」

 思わず親方が声を上げた。無理もない。琴音は4人の中でも異質なタックルを構えていた。

 弧を描いたロッドが、ヒュンと音を奏でる。親指がスプールを抑え、ラインスラッグが一切ない無駄のないサイドキャストを見せつけた。

「あれは……ベイトリールですか?!」

 琴音が使っていたタックルは、ベイトタックルと呼ばれるものだった。楓達が使っているスピニングリールと違い、リールが上についており、スプールの向きが横になっている。

「いろっち。あのリール知ってんの?」

「え、ええ。ベイトリール。両軸リールとも言われるのですが、上手に使わないと、私たちが使ってるスピニングリールより、トラブルが頻発してしまう、難易度が高いタックルです」

「難易度が高い……じゃあそれだけメリットがあるってこと?」

「ベイトタックルの利点はあります……ですが……」

 ベイトリールの利点としては、まずは感度。リールを包み込み、ラインに触れて操作するパーミングにより、小さなアタリや潮の変化を察知しやすい。

 また、ワンボタンでラインをフリーにできるので、戦略的の幅が広がる。

 と、ここまで言えば聞こえがいいが、実際はデメリットの方が多く、一般的にアジングで使う人は少ない。

 まず飛距離の問題。スピニングリールと違い、ベイトリールはルアーを飛ばす際にラインを完全にフリーにするわけではなく、スプールをルアーが飛ぶ勢いで回転させてラインを出すため、その分ブレーキがかかり、飛距離が落ちる。

 かと言ってスプール回転にブレーキをかけない状態だとラインが出る速度をスプールの回転が追い越し、リール内で絡む、バックラッシュが発生してしまう。

 重たいルアーならほとんど影響がないどころか、むしろベイトの方が飛ぶと意見もあるのだが、アジングの場合、1g前後のリグが中心とかなり軽量だ。

 そのため、勝負で使うというよりも、ベイトアジング独特の面白さを体感するために使われるものだ。

 だが……。

「ふっ!」

 琴音の竿が弓のように曲がる。キャストからわずか5秒のことだった。

「どういうことですか……?」

 彩夏が驚くのも無理ない。通常キャスト後の5秒といえばワームを沈めている状態のため、アタリを拾うのはかなり難しい。

 しかし、琴音は難なく掛けてしまった。

「まずは一匹」

 呟くと同時に針を外した琴音は、次のポイントを即座に見定めてキャストする。

「やるじゃねぇか」

 琴音の技術もさることながら、フィールドとベイトタックルの相性を見抜いた琴音に、だいふくは称賛を送る。

 このフィールドは比較的浅めで、表層でヒットすることが多い。そのため、キャスト直後のラインスラッグは少ないベイトタックルなら、着水喰いでも対応しやすい。

 また琴音は、キャスト距離の問題があるベイトアジングとは思えないほどの飛距離を叩き出していた。これなら、楓達と大差ない。

 そして何より、釣ったあとの手返しの良さだ。

 手返しとは、仕掛けを投入してから回収し、次にまた投入するまでの一連のサイクルのこと。手返しが良くなるということは、単純に仕掛けを投入する回数が増えるわけだから、釣れる可能性も高くなるし、活性が高い時は釣れる数も多くなる。

 ラインローラーの位置を調整してラインをとるスピニングと違い、ベイトはワンクリックでキャストに入れるため、熟練者の場合ルアー回収直後、すぐにキャスト動作に入ることができるのだ。

「二匹目」

 冷静に淡々と釣り続ける琴音に圧倒される釣り同好会メンバー……と、思いきや、一人だけ楽しそうに笑っていた。

「すごいなぁ……冬咲さん。めちゃくちゃ練習したんだろうなぁ」

 楓だけは、楽しそうに、穏やかに笑うと、ワームの回収を始める。

「でも、私だって練習なら……負けないよ!」

 回収し終わったと思われた楓のルアーが異常な低弾道で放たれた。

「なっ……? キャスト動作が見えない……!?」

 驚愕した琴音は、もう一度その理由を確認するために楓を見た。すると、ルアー回収とキャスト動作が完全に連動し、振りかぶるというより、楓の横で円を描いてからルアーが放たれていた。

「すごいスピードのロールキャスト……」

 ロールキャスト。ロールピッチとも呼ばれるものだ。穂先でルアーを回転させ、その遠心力を利用して竿を曲げて打ち出す、本来バス釣りに用いられるキャスト方法。楓の技は実際のロールキャストより、ややサイドキャストぎみだが、原理は同じだ。

 実際には障害物が多く振りかぶることができない状態でも、キャストすることができるというものだが、いくつかの理由でアジングでも用いられることがある。

 まずはサイドキャストより低弾道で打ち出すことができること。低弾道で飛ばすということは、それだけ風の影響を受けにくくなる。

 次に、ルアー回収時の勢いで回転させることで、振りかぶるまでの動作をショートカットでき、手返しがよくなる。

 弱点として飛距離が落ちるものの、アジが比較的近距離にいる場合は、かえって釣果が上がりやすくなる。

 アジングにおけるロールキャストは、メリットが限定的だし飛距離のデメリットを考えれば、さほど利点はない……が楓の場合、ルアーが回収されたと同時に打ち出されるかのような流れるようなスピードと、弱点をカバーしうる飛距離を持っていた。

 元々ソフトテニス部だったこともあり、基礎体力やしなやかな筋肉が備わっていたため、楓の上達速度は凄まじいものだった。

 それだけに楓のロールキャストは、一般のアジンガーの中でも群を抜くほどの実力があった。……しかし。

「なかなかやるわね……だけど」

 琴音のワームが回収されると同時に鋭い円を描き、穂先から打ち出される。……楓より早いスピードで。

「ちっ……」

 だいふくが舌打ちをする。ロールキャストは別に楓の専売特許ではない。テスター経験のある琴音にとっては、できて当たり前の技術だった。

 が、ここまでは、だいふくの想定通りだった。

 現在、琴音2匹。釣り同好会メンバー0匹。圧倒的不利のまま、勝負は続くーー。

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