【小説】JKとアジングとサイボーグと 十三話「特訓」

ストーリー

 冬咲琴音……元Canikamaフィールドテスターの天才少女。

 第23回全日本アジング選手権において、当時小学生でありながら圧倒的な釣果で優勝。その実力とセンスで、中学生時代はCanikamaと契約し、フィールドテスターとして活躍。実力の高い女性アングラーということもあり、多くのファンを有している。

 しかし、高校生となった今では、一切表舞台に顔を出さなくなった。

「絶対無理だよぉ……」

 美穂は弱音を吐き捨てて、部室のテーブルに突っ伏す。

 琴音に対する釣り同好会メンバーは3人とはいえ、素人のみ。しかもアジングをやったことがあるのは楓のみ。他二人はルアーすら触ったことがない。

「彩夏はアジングについてはどのくらい知っているの?」

 楓の問いに彩夏は少し迷いながら応える。

「ほとんど知らないといっていいと思います。フカセ釣りでもアジは釣れるので、多少アジの特徴は心得ていますが、そもそもルアーをどう使えばいいのやら……」

 そもそも、フカセ釣りとは、撒き餌前提のエサ釣りだ。“釣れる釣り場を作る”フカセ釣りに対して、“釣れる釣り場を探す”のがルアーの釣り方。同じ釣りでも根本の考え方の違いがあるのだ。

「それでも釣りやったことあるだけまだマシだよぉ……アタシなんか釣り竿も触ったことないんだから……」

 勝負は8日後の土曜日。楓は帰宅後に茜島で自主練できるが、自転車登校の美穂は練習に参加することも難しい。それ以前に、二人ともアジングの道具は一切持っていない。

「こーなったら……」

「……で、俺に泣きついてきたってわけだが……なんだ? その格好は」

「えへへ〜。かっこいいでしょ〜」

 楓はサングラスをギラつかせながら、自信満々に海を見る。

「釣り人ってサングラスをよく掛けてるでしょ? これを掛けてると海の中がみえ……」

 「る」と言い切る前に、目を細めて海の中を見ようとする……が、案の定、海の中は暗くて見えない。

「……んーーーー?」

 目を細めるが、何をしても真っ暗で海の中は見えない。そんな楓を嘲笑うように、アジが目の前で跳ねた。

「いくら見ようとしても見えねーよ。サングラスじゃな」

 釣り人が掛けているサングラスのようなものは、偏光グラスという。サングラスと似ているがまったくの別物だ。

 サングラスは単純に暗いレンズを通して見ることで余計な光を遮るのに対し、偏光グラスは海面の乱反射した光を特殊なレンズで遮る。サングラスだとただ視界が暗くなっただけだから、海中を見るどころか、さらに見づらくするだけでなんの意味もない。

「とまぁそんなわけだ。直射日光を避けるという意味でかける場合もあるくらいで、釣りには向いてない……が……」

ため息をつきながら解説した親方の細い目の先には、黒い眼鏡をかけた美穂と彩夏がいた。

「お前らなぁ……」

「わ、私のはちゃんと偏光グラスですからね!? おじいちゃんに買ってもらったものですが……」

親方にとっては、そのメガネが偏光グラスかどうかは別として、暖かくなってきたというのにばっちりジャージ姿の彩夏のほうが気になっていた。

「いろっちは、なんでジャージなん?」

「だ、だって……この方が落ち着きますし……ダメ……ですかね?」

「いや、ダメってわけじゃないけど……なんだか、かわいいな……なでなで」

 急に頭を撫でる美穂に驚き、目を丸くする彩夏。

「ほうほう。撫で心地もよきかな……むふふふ」

「はうぅ……」

ちなみに、釣りにおいてジャージは相性がいい。動きやすいし、肌の露出を最低限に抑えられる。……むしろ楓のスカートや、美穂のTシャツに短パンの方が釣りで避けるべき服なのだが、楓に何度言っても聞かないので、親方は諦めていた。

「……おら。じゃれついてないでさっさと準備しろ。なんのためにこんな時間から釣り場に来てると思ってんだ」

 今は15時。釣りを始めるにはやや早いタイミングだ。

 だが、ビギナーはこのくらいの時間から始めると、キャスティングの練習時間が取れるため、慣れ始めた頃に夕マヅメとなるためおすすめだ。

「釣具はみんな持ってきたの?」

「はい。お小遣い前借りしちゃいましたけど、エントリークラスのタックルを一式……。

 彩夏はルアー初心者とはいえ、エサ釣りをやるだけあって、さすがのチョイスだった。

 全タックルのメーカーをシマワに統一。ロッドはソアラBB、リールも同名のものを選び、タックルバランスを崩さない安定した道具選び。

 ラインは使い慣れているナイロンを装備。アジンガーの中には異論を唱えたい人もいるだろうが、ナイロンのデメリットもメリットも熟知した彩夏からしてみれば、これで始めるのが一番だろう。

一方、美穂は謎のダンボールを抱えていた。

「……一応聞きたいんだけど……その、ゾンアマの箱はなに?」

「ふっふっふっ……アタシだって、ちゃんと調べたんだからね……ゾンアマランキング一位! この万能釣り竿をみよっ!!」

 ゾンアマランキング一位ぃ!! この釣り竿さえあれば、人気のアジングからシーバス、青物、エサ釣りにももちろん最適さ! エサ釣りにももちろん対応! マグロにだって負けない! そんな万能竿がなんと……破格の2980円!!!!

「サビキ釣りの用意するぞー」

「私の仕掛け用意するねー」

 白い目でサビキ釣りの準備を始める楓と親方。

「あの……えっと……大丈夫ですからね美穂さん。サビキ釣りも楽しいですから……ね?」

「な、なんでみんな哀れみの目で見るのーー!?」

「うぅーん……なかなか飛びませんね」

 彩夏がは戻ってきたジグヘッドを見ながらぼやいた。

「フッ……フカセで慣れてるお前さんにはちと難しいか」

「ええ……ルアーが軽くてちょっと……」

 号数にもよるがウキの重さは大体6〜20g程度。アジングは1g前後と非常に軽いので、どうしても投げにくさを感じるものだ。竿の長さも磯竿とアジングロッドでは大きく違いがある。

「アジングのキャストは仕掛けの重さで竿を曲げるというより、スナップで竿を曲げるんだ。ちょうどムチのような感覚だな」

「ムチ……こ、こうですかね?」

 試しにキャストしてみると、彩夏の投げたジグヘッドは、先ほどよりもより遠くへ飛んだ。

「す、すごいです! ものすごく飛びましたぁ!」

「アジンガーはスナップを活かすためにワンハンドでキャストする奴が多いが、磯竿で基礎をつかんでるお前さんには、ツーハンドのほうが投げやすいかもしれねぇな」

 ツーハンドだとスナップが活きないため、飛ばないという意見もあるが、明確にツーハンドを推奨しているアジンガーもいる。

 ツーハンドの場合は、竿の反発力より加速力で曲げるという感覚になる。ワンハンドで慣れてる場合は手返しが悪く、竿の反発が活かせないのでデメリットもあるが、磯竿やシーバスのキャストで慣れている人は、こちらのほうがまっすぐ飛ばしやすく、慣れが早い。

 確かめるようにグリップエンドに左手で握り、竿を振るとまっすぐ一直線に飛んでいった。

「楓はエサ釣りの経験も浅いからワンハンドだが。お前さんはこっちのほうがあうだろ?」

「は、はい! ありがとうございます!」

「親方ー! こっちも教えてよぉ!」

「楓は毎日教えてるだろ……いいから一匹でも多く釣りやがれ」

 ぼやく楓だったが、すでに二匹目をあげている。いつも島で釣ってる分、理屈や知識はないものの、アジがどこに集まるのかをよく知っている。

こういう人間は、1にも2にも経験が大事だ。今回は琴音との対戦場所も茜島なので、楓が勝つには、フィールドに特化した経験が必要不可欠なのだ。

「それより問題は……」

「うわぁ〜ん! 全然このワームっての飛ばないよぉ〜」

「ったりめーだ。そんな竿じゃアジングは無理だって言っただろ」

 ゾンアマランキング1位の竿は、使い物にならなかった。まぁ、それも当然だ。

 そもそも万能竿とは一般的に磯竿を指す。昔ながらの感覚だと、磯竿はフカセ釣りだけでなく、投げ釣りやサビキ釣り、無理矢理使えばいろんなものに使える。そういう意味ではアジングでもまったくできないというわけではない。

 が、そもそもアジングは他の釣りと比べても仕掛けの重力が極端に軽い。磯竿とジグ単のアジングとの相性は最悪なのだ。

 しかし、なぜそんな磯竿の紹介にアジングの文字も入るのかといえば、通販サイトはたまに海外の店も入るからだ。その中でも悪質な販売店は、検索でヒットしやすいように、関係なくても人気の高い釣種をタイトルや解説に含めてしまうのだ。しかもあの手この手で人気であるかのように演出するからタチが悪い。

 ネット通販でタックルなどを買うときは、「アジンガーのたまりば」などのブログやYoutube、ランキングサイトで調べてから買った方がいい。

 もしくはそもそも通販サイトを使わず釣具店に頼るか。釣具店ならアドバイスも聞けるし、少なくともこのような間違いは防げる。

「諦めて楓のパックロッドを使え。短いが、あれなら申し分ない」

「うぅ……せっかくおこづかい前借りして買ったのに……」

 トラブルはあったものの、全員アジングのやり方を覚え、少ないながらも全員釣果をあげていた。

「……みんなすんなり釣っちゃうんだもんなぁ……」

 楓が苦労して釣った最初のアジとは対象的に、二人はあっという間にファーストフィッシュを決めた。

 親方は説明していなかったが、楓のときは状況が悪く、特殊な条件だった。そのため、楓が気に病むことはまったくないのだが、あえてそのことを伏せていた。

「あのさ……私たち勝てるのかなぁ?」

 おそらくこのままでは勝てないだろう。

 今日の楓たちの釣果は3人合わせて5匹。しかし親方は20匹。相手がテスターで実力があるとなれば、親方と同等の釣果は出せるだろう。

「さぁな。まぁ俺からしてみりゃ、お前らが負けようが勝とうがどっちでもいい。猫だからよ」

「そんな殺生なぁ……」

「ねぇね。気になったんだけどさ」

 隣で聞いていた美穂が、疑問で会話を遮る。

「親方と生徒会長って、どっちが強いん?」

「さぁ……どっちだろ?」

 答えに戸惑う楓に、彩夏が自論で答える。

「ごく普通に考えれば、親方が魚探などの機能を使っていないのなら、テスターの冬咲さんだと思います」

「その心は?」

「身長差です。本来は微妙な差ですが、体格差によってキャスティングの飛距離は影響を受けます。それを踏まえれば、遠投有利な冬咲さんが強いと思います」

 身長が低いと、どうしてもキャストの打点が低くなる。リーチも短いので、キャスティングで飛距離が出にくい。人間同士なら些細な違いだが、楓の腰のあたりの身長しかない親方と楓より身長が高い琴音だったら大きすぎる違いだ。

 機械なんだからマシンパワーでなんとでもなりそうだが、親方は普段の自身の腕力を小学生程度に抑えている。技術でカバーをしているが、同じ技術の人間相手なら体格差による飛距離の差は大きい。

しかし……。

「……一年前、俺は冬咲琴音とアジングで勝負をした」

「え? ……」

ーーその結果は、冬咲琴音の大敗だった。

 そして……それ以来彼女は竿を握っていない。

コメント

タイトルとURLをコピーしました