「釣れないなぁ……」
釣り同好会メンバーと冬咲琴音の戦いは、思わぬこう着状態をもたらしていた。
楓は3匹釣ったものの、ここ30分は釣果なし。美穂はともかく彩夏も一切竿が曲がらない。
琴音ですら、丁寧に潮をよみ単発で釣り上げるものの、6匹とやや不調。
その中でも、焦りを見せていたのは美穂だった。
美穂は楓の父から借りたタックル。ルアーもタックルもそれなりのものが揃っている。実のところ釣り同好会メンバーの中では一番高いランクのタックルを使っている。
だが、美穂はアジングを始めてこれまで、一度も魚を釣ったことがない。
「やっぱ無理なのかなぁ……」
美穂はついに諦めに近いぼやきをし始める。
ーー病弱だった頃に比べれば、彼女の体力は元気すぎるほど上がっている。
が、それは「病弱だった」と枕詞がつくレベルでしかなく、一般の女子高生と比べれば成績は下の方。
体育でバスケをすれば貧血になるし、マラソンでは最下位。天真爛漫な性格も、あくまで病弱で気弱な自分が嫌いで変えようともがいてるに過ぎない。
自転車通学を始めてからはだいぶ体力がついたが、それでも体育系の部活には対応できないレベルだった。
その点、釣りは体力をあまり使わず活発に動けると興味を持ったのだが、やはり釣れなければ面白くない。
「アタシ……なにやってんだろ?」
こんなことなら、ゲームでもした方が面白い。臭い磯の匂いも気にしないでいいし、何よりみんなで楽しめる。
1人孤独に釣るのなら、病室で1人ただ虚空を眺める時間となにが違うというのだろうか?
「苦戦してるようだな」
だいふくがその様子を見かねて、後ろから美穂に声をかけた。
「うん……やっぱアタシに釣りは向いてないのかなぁ?」
「違うな。向き不向きじゃねぇ。お前さんははじめる前から諦めてんのさ」
「え?」
なぜか美穂はギクリとした。自分ではまったくそんなつもりはなかったはずなのに、まるで図星をつかれたような、そんな感覚だった。
「“どうせ釣れない”“どうせ勝てない”。お前さんは、そう言ったよえぇ心を作ったハイテンションで誤魔化してるにすぎない」
「そ、そんなこと……」
「だったら、今日、竿を振ってから一度でも、釣れない理由を考えたか?」
今度は明白に図星をつかれた。
どんなビギナーでも、釣れなければ原因を考える。が、美穂はこれまでおすすめされるワームを投げるだけで、一度も釣れない原因を考えていなかった。
ショックな言葉を投げつけられたはずなのに、美穂はなぜか、胸のつかえが取れたようなスッキリとした顔をしていた。
「成長ってぇのは、失敗することから目を背けねぇ奴がするもんだぜ」
「失敗することから目を背けない……」
美穂が行っているのは、ただ親方から教えてもらった基本をなぞることだけ。その基本も自分で判断を下さなければその基本も生きてこない。
だが、美穂は自分で判断を下すことを恐れていた。それが間違いであると思い知らされるのが怖くて、動けなかった。
「……よし」
美穂は今までと違い、ロッドを大きくシャクった。
大きく強くシャクり、その分長くフォールさせる。
「なるほどな……」
ワームを大きく動かすことで、アジの食欲に関わらず、反射的に口を使わせる手法がある。ビギナーだからと判断を下せずにいたそのテクニックーー。
「わっ!」
それこそ、このリアクションバイトだ。
美穂の竿が大きく曲がった。逃がすまいと竿を立てる美穂だったが……。
「あっ」
親方の漏らした声は一瞬遅かった。竿を引くラインの張力が一気に抜け、美穂が大きく肩を落とす。
「あーもう! 悔しいなぁ!」
悔しさで地団駄を踏む美穂だったが、どこか楽しそうでもあった。
本来リアクションの釣りは、ビギナーにはまだ早い高等テクニックだが、試さず早々に諦めるよりは、無謀に試す方がいい。
釣果は得られないかもしれないが、失敗したという経験も、アタリがきたという経験も成長の糧となる。
今回は魚がアタックしてきたことは間違いない。美穂の内側から、沸々と何かが燃え上がる。
「今度こそ、釣ってやるかんな! 見てろよー!!」

一方、彩夏は釣りの経験を生かしてポイントを選ぶものの、いまだに釣果はなし。美穂ほどではないが徐々に焦りが浮かんでいた。
美穂はもう大丈夫だと考えた親方は、そんな彩夏のいる場所へ歩いていた。
「うぅ〜ん……」
頭を捻る彩夏の横に、親方が座った。
「……ふっ、釣れねぇか?」
「ポイント選びは間違ってないと思うのですが……」
確かに間違ってはいない。親方も彩夏の釣っている場所から探るだろう。
「丁寧に探るのは悪くねぇ。が、エサ釣りとルアー釣りの違いを、よく考えてみるべきじゃねぇのか?」
「エサ釣りとルアー釣りの違い……ですか」
彩夏のやっているエサ釣り、その中でも最もポピュラーなフカセ釣りを得意としている。
フカセ釣りの仕掛けは、ウキと浮力調整用のガン玉、ハリ。ウキ止めなどの細かい道具を除けば、実にシンプルな仕掛けの釣法。また、撒き餌を使って魚を寄せることも特徴だ。
ルアーとの違いでわかりやすい点を言えば、餌を使わないこと。しかし、これは言わずもがなというものだ。
「エサ以外だと……ウキも違いますよね」
「いや、実はアジングにもウキは存在する。フロートと呼ぶことが一般的だがな。だが、いい線言ってるぜ。それをヒントに違いを考えてみな」
「……そうか」
ルアーはもちろんだが食えない。それだけにエサと違って捕食してから口から離すまでが著しく早い。そのため大半のルアーフィッシングは即アワセ前提となりやすい。
また、撒き餌を使わないということは、魚を寄せられないということ。その分足で魚を探すことが大事なポイントとなる。
そのことに気づいた彩夏は、まずは移動する。やや潮上に移動すると、サイドキャストで狙いの場所に入れると、ラインを潮に流す。
「ふっ……エサ釣り師らしい解決策だな」
ラインを潮に流す量を調整する。このことをラインメンディングというが、フカセ釣りでもこのテクニックを使いエサを魚のいそうな場所に誘導する。
ルアー釣りの場合、ルアー自体を潮に流す「ドリフト」というテクニックで、ルアーをより潮に流されるほど弱った生き物の演出をするというもの。
また、ルアーはラインに追従するように動くことから、ラインを潮に流すことでルアーのトレースコースをコントロールすることができる。
彩夏は丁寧に魚がいる場所にルアーを投入していたが、実際には潮に流されてしまい魚がいる場所を外していた。これが釣れない致命的な原因となっていたが、数メートル横に移動することにより、トレースコースにヒットゾーンを乗せる。
そして、もう一つ、エサ釣り師らしい解決策を見せつける。彩夏はルアーを狙いのレンジに沈めると、竿を少しずつ立てたのだ。
これは聞きアワセというものだ。アジングなどのわずかなアタリを拾うような釣りで有効なテクニックで、少しずつ竿を立てながら釣ることで、”待ち”と”アワセ”を同時にやるような技だ。
彩夏の使っているナイロンラインは、一般的に感度が低いと言われている。(諸説あるが)
そのため、”アタリを拾って積極的に掛ける”より”ナイロンラインの弾力性を生かして魚に自動的に掛ける”聞きアワセは相性がいい。

「……よし!」
彩夏はもともとエサ釣りの経験がある。その経験は、別ジャンルの釣りでも必ず生かされる。
「……人生の積み重ねは、決して無駄にはならねぇ。あとは、そのことに気づけるかどうかさ」
彩夏のかけたラインの先に、アジの銀色の魚体が輝いた。
だいふく親方が二人をフォローしたのは、勝負に関わらないからだ。
つまり、勝負はーー。
「ーー10匹目」
「……よしっ7匹!」
実質、楓と琴音の一騎打ちとなった。
琴音10匹。楓7匹。彩夏1匹。美穂0匹。
残り時間はわずか30分ーー。


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