【小説】JKとアジングとサイボーグと 十七話「視線」

ストーリー

「俺への復讐……それがこの茶番を仕掛けた理由か」

親方はししゃもの煙を視線で追いかけるように、静かに空を見上げた。

「……私は、あなたに負けて全てを失った」

虚空を飛ぶ飛沫は、何度も跳ねては水面へと消えていく。表れては消えてを繰り返すだけだ。

「私は、あなたに負けて絶望し、テスターの資格も失った。何もかもが、あの日泡のように消えてしまった」

「そのために釣り同好会を潰す……いや、目的はその先か」

「ええ、あの子達も居場所を求めている。居場所を失った私だからこそ、それがよくわかる。あの子達を完膚なきまでに叩きのめせば、あなたに泣きつくしかない。ーーそして、私はあなたに勝利して私を取り戻す!」

激情を見せた琴音は、どこか苦しそうで、悔しそうだった。

「そもそも俺は、あいつらが勝とうが勝つまいが知らねーよ。それに、あいつらは俺に泣きつくタマじゃねー。……が、いいだろう。テメェが勝ったら、勝負してやる」

その言葉に、満足そうな笑みを浮かべた琴音に、嘲笑混じりの笑みで返すだいふく。

……ただし、俺にはもう、アンタが負けてる気がするがな」

「私が? はっ、あんなドシロートに負けるわけないわ。現に安治平さん以外はほとんど釣れてないじゃない。その安治平さんも、出鱈目なところに投げてるだけの素人じゃない」

「……そうかな?」

その言葉を聞き、親方は少し寂しそうにししゃもの煙を空に吐いた。

終了時間を告げるベルがなり、皆フェリー乗り場前に集まった。

まず最下位の美穂。1匹。決していい成績というわけではないが、初めて釣ったアジに最下位とは思えないほど明るかった。

「次こそいっぱい釣ってやるかんね!」

彩夏”3匹”。コツを覚えたあとは連釣するものの、やはりルアーでの経験不足が響き、再現性が課題となる釣果だった。

「次はフロートアジングというものをやってみたいですね。楽しそうです」

そして、問題の琴音と楓。

琴音は15匹。低活性の中、ベイトアジングでコンスタントに釣り上げていた。後半はカサゴなども掛かり、ややペースダウンしたものの、全体的な釣果は安定していた。

そして楓はーー16匹。

「なっ……!?」

「勝った……ヤッタァ!」

1匹差ではあったものの、楓は、元テスターに勝利した。

「すげぇ! かえかえすごっ!! 勝っちゃったよ!」

「おめでとうございます! ……そしてありがとうございます!」

これで、釣り同好会は存続が決まった。

「ありえないっ!!!」

少女たちの歓喜を、琴音の咆哮がかき消した。

「一体何を吹き込んだの!? こんな素人に負けるなんてありえないっ!!」

だいふく親方に震える人差し指を向ける。が、薄ら笑いで返された。

「なにも? 俺はこの勝負が始まってから一度も、楓には声をかけなかった」

「だけど、勝負が始まる前になんか話してたでしょ! あの時に、アンタが魚探の情報を教えたとか……そういうズルをしたんじゃないの!?」

「確かに、勝負が始まる前、俺は3人に声をかけた。が、俺は釣りについては、なにも言ってねぇ。ーーただ、嘘をついただけさ」

嘘と聞いて、釣り同好会メンバーがザワついた。

「……嘘って……まさか親方、私たちが負けても、釣り同好会は潰れないってのは嘘だったの!?」

親方がついた嘘とは”仮に釣り同好会が敗北したとしても、楓の父である安治平剛が、高校設立時に多額の献金を渡しており、校長ですら逆らえない存在だから、釣り同好会は絶対に潰れない”というものだった。

「ったりめーだ! 剛が高校建設時の支援をしたのは本当だが、当然他の企業も出資してる。剛一人喚いたところで、釣り同好会を例外として存続させるなんて無理に決まってんだろ」

「はぁ!? じゃあ、チョコミント同好会も優遇してくれんじゃなかったの!?」

「んなことはいっぺんも言ってねぇよ……が、あのままじゃ緊張で勝負にもならなかったからな。嘘も方便ってやつさ」

カッカッカッと、珍しく豪快に笑う親方に、少女たちは肩をすくめた。

「じゃあ……私はなぜ負けたの……私は……本当に……」

”ただ運がいいだけの無能”ーー。

SNSに書かれた心無い言葉は、少女の心を深く抉った。

事実、琴音は小学生時代に優勝して以来、一度も勝負に勝っていない。いくつかのイベントに呼ばれその中には大会形式のものもあったが、その全てにおいて彼女は勝ててなかった。

釣りにおいて、その事象自体は珍しいことではない。が、悪意を持った人間の興味をひくには十分すぎる理由だった。

”どうせCanikamaのお飾りだろ?”ーー。

”大会だって出来レースだったんだろ? じゃなきゃ小学生天才アングラーなんてわかりやすい肩書きできるわけねぇ”ーー。

”純粋無垢(笑)”ーー。

もっと酷い誹謗中傷も多く、その多くはSNS規約に引っかかり現在は見ることもできない。その自信を取り戻すために、必要だったのが、だいふくに勝つことだった。

噂のサイボーグに勝ったという実績は、公表されることなく琴音だけが知る確かな実績となり、自信となる。相手がプロだ、「そのプロのおかげで変な噂がかき消えた」こととなり、出来レースを疑われる可能性が高いのだ。

何より、プライドが許さなかった。

誰かのおかげで名声を得るのではない。自信をつけ、その後の実績に繋げること。これしか、自分自身を認める証明方法は思いつかなかった。

ーーが、琴音は負けた。最強のサイボーグどころか、今度は素人相手に。

やはり……琴音の実力はエセ……偽物……。

琴音のすべてを否定され、足元が揺らいでいく。

「ーーあなたは誰と戦っているの?」

「え?」

楓の疑問が、琴音の絶望に染まった心に響く。

「あなたは、いつも誰かと戦ってる……誰と戦ってるの?」

「アンタ……バカなの? たった今アンタと戦ったばっかじゃない」

「私は戦う相手じゃないよ?」

「は……?」

言ってることがわからなかった。間違いなく、楓と琴音は釣りで勝負をしたはず。

なのに……なぜ”勝負になると負け続けるのか”という核心をついているように見えて、言葉が続かない。

「おめぇさんが負けた唯一の理由があるとすれば、それだ」

親方はししゃもの煙を吐き捨てると、静かに語る。

「釣りは、人対人という戦いは、本来成立していない。人と魚の勝負なのさ」

ビギナーでも偶然群れが目の前にくれば、上級者に勝つこともある。これは人対魚であるからこそ、起きる現象と言える。

「釣りってーのは、常に魚との真剣勝負だ。どうあれ、命のやり取りをするんだからな。だが、テメェはあの時も……そして今も、魚の方を向いていない。よそ見をしてばっかだ」

「っ!?」

図星だった。

「テメェの実力は本物だ。本当に実力を出せてたなら、今日は20匹は取れてた……が、オメェは勝負以前に人目を意識をするあまり、目をそらしちまう悪癖があんだよ。魚を見てないわけだから、そりゃ釣果が上がるわけないわな。それがお前の不調の根本的な原因だ」

「そん……な……私は……だって……」

親方の言葉をなんとか否定する言葉を探すが、琴音の言い訳を口に出す前に、目が涙を流して否定する。

”どうせ出来レース”

「だって……だって怖いからっ! 勝たないとみんな酷いことを言うから! だから、頑張ってガンバッテがんばってぇ! じゃないと……みんなが……みんなが」

”何円払ったんだろ?”

”枕とかしてんだろ?”

”風⚪︎への転職をおすすめします”

”こいつの顔見たくない”

”実物ブスでしょ?”

「気にしちゃダメだよ!」

今度は美穂が叫んだ。そして過呼吸になって座り込んだ琴音を、彩夏が支えた。

「だって……だって頑張ってることを一番知っているのは自分じゃん! なのに、その証明がないと信じてあげられないって……それ、自分が一番、自分を傷つけてんじゃん!」

「だって……私は弱虫だから……だから強がって、強い自分に憧れて……だから」

「ーー強さっつーのは、ハリボテの看板で決まるもんじゃねぇ。テメェの心で決めるもんだ」

自分の弱さの証を必死で拭う。

「折れてしまって、立ち上がれず、泣き喚くことしかできない。……それでいいのさ。それでも立てるなら、その立った瞬間強くなれる」

弱さをさらけ出し、泣くことしかできない琴音は、確かに弱者なのかも知れない。しかしーー。

「よえぇやつは……強くなれんだぜ」

弱い。それは琴音を蝕んでいた病魔そのものだった。

釣り人としての腕を疑われ、罵られたその時から、琴音は強くなければ生き残れなかった。

だからこそ、肝心な魚という好敵手から目を背けて、人ばかりを見るようになった。

ーーだが、だからこそ今の琴音にはよく見えていた。

涙を拭いてくれる。優しい指が。

抱きしめてくれる温かい腕が。

一緒に泣いてくれる仲間が……。

この友たちが近くにいれば、今度こそ理不尽な声なんかに負けず、強くいられるかもしれない。

少女たちは、茜島の海が月明かりを照らすまで、その海の水かさを増やし続けた……。

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